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函館地方裁判所 平成5年(ワ)391号 判決 1996年12月26日

原告 株式会社アースプラン函館 ほか一名

被告 国 ほか一名

代理人 安達敏男 伊東宣博 木村俊道 林俊豪 佐藤龍一 伊藤和也

主文

一  原告株式会社アースプラン函館と被告中村恵津子との間において、原告株式会社アースプラン函館が別紙物件目録一記載のフロッピーディスク六枚及び別紙物件目録二記載の文書五九通の各所有権を有することを確認する。

二  原告株式会社アースプラン函館の被告国に対する訴えを却下する。

三  原告成田秀紀の被告中村恵津子に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告株式会社アースプラン函館と被告中村恵津子との間においては、同原告に生じた費用の二分の一を被告中村恵津子の負担とし、その余は各自の負担とし、同原告と被告国との間においては、全部同原告の負担とし、原告成田秀紀と被告中村恵津子との間においては、全部同原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告株式会社アースプラン函館と被告らとの間において、原告株式会社アースプラン函館が別紙物件目録一記載のフロッピーディスク六枚及び別紙物件目録二記載の文書五九通の各所有権を有することを確認する。

二  被告中村恵津子は、原告成田秀紀に対し、金一〇〇万円を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

第二事案の概要

一  前提となる事実(当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨によって認められる。)

1  原告成田秀紀(以下「原告成田」という。)は、原告株式会社アースプラン函館(以下「原告会社」という。)の代表取締役であり、本訴提起当時、函館市議会議員であった。

被告中村恵津子(以下「被告中村」という。)は、もと原告会社の従業員であり、平成四年三月三一日付けで同社を退職した。

2  被告中村は、右退職直前の平成四年三月末ころ、原告会社の事務所内から別紙物件目録一記載のフロッピーディスク六枚(以下「本件フロッピーディスク」という。)を持ち帰った。

また、被告中村は、原告会社に勤務中、原告会社の事務所内において、同事務所内の複写機と用紙を使用し、同事務所内にあった書類を複写して別紙物件目録二記載の文書五九通(以下「本件文書」といい、本件フロッピーディスクと本件文書を合わせて「本件押収物」という。)を作成し、これを持ち帰った。

3  本件フロッピーディスクには、原告会社の経営及び顧客等に関する情報、原告成田の市議会議員としての議員活動や政治活動に関する情報、原告成田の後援会名簿及び後援会活動等に関する情報、原告成田が代表取締役を務め食料品等の販売等を目的とする有限会社函館食材(以下「函館食材」という。)の経営等に関する情報等が記録されている。

本件文書の内容は、オート自販舟山こと舟山武三郎(以下「舟山」という。)が都市計画法に基づく開発行為である市街化調整区域における農機具修理工場の建築をするにあたり、原告会社が舟山の依頼により函館市への同開発行為の許可申請を代行した際の一件書類、土地家屋調査士作成の関連文書、計算書及び図面等である。

4  被告中村は、平成四年五月二七日、北海道警察函館方面函館中央警察署において、本件フロッピーディスク及び本件文書をいずれも自己の所有物として、同署司法警察員警視正笠原孝夫宛に任意提出し、同日、同署司法巡査中村恵一が本件フロッピーディスクを、同署司法巡査小林雄二が本件文書を、いずれも被告中村の所有物として領置した。

なお、右任意提出の際、被告中村は、本件フロッピーディスクについては「そちらで処分して下さい。」と、本件文書については「要りません。」とそれぞれ提出者処分意見を付し、更に、本件押収物の所有権放棄書を右笠原警視正宛に提出した。

5  函館中央警察署は、平成四年八月五日、原告成田を有印私文書偽造・同行使、有印私文書変造・同行使、公文書毀棄の各罪の被疑者として通常逮捕し、翌六日、右被疑事件を函館地方検察庁へ身柄付で送致した。

6  函館地方検察庁の検察官は、平成四年八月二六日、原告成田を右5記載の罪名で函館地方裁判所に起訴し、函館地方裁判所平成四年(わ)第一六〇号有印私文書偽造、同行使、有印私文書変造、同行使、公文書毀棄被告事件(以下「本件被告事件」という。)として係属した。

7  函館地方検察庁検察官は、平成四年一一月九日の本件被告事件第二回公判期日において、本件文書のうち、別紙物件目録二記載符号一ないし六の各文書につき、また、平成五年七月一九日の同第一九回公判期日において、同目録符号七ないし五九の各文書につき、それぞれ証拠調請求をし、函館地方裁判所はこれらをいずれも証拠採用して押収した。また、同検察官は、平成五年六月二二日の同第一七回公判期日において、本件フロッピーディスクの証拠調請求をし、同裁判所は、同年八月一七日の同第二〇回公判期日において、これを証拠採用し、押収した。

8  函館地方裁判所は、平成六年三月八日、本件被告事件の被告人である原告成田に対し、懲役一年六月、執行猶予三年間の有罪判決を宣告し、その控訴審である札幌高等裁判所は、平成七年九月七日、同人の控訴を棄却し、現在、本件被告事件は最高裁判所に係属中である。

二  争点

1  原告会社が被告中村及び被告国に対し、本件押収物の所有権確認を求める訴えの利益があるかどうか。

2  本件押収物の所有権は、原告会社に帰属するものであるか否か。

3  本件押収物の所有権が原告会社に帰属するとした場合、これらを持ち出して捜査機関に対し任意提出した被告中村に対し、原告成田が慰謝料を請求することができるか否か。できるとした場合、その金額。

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1(本件所有権確認の訴えの利益)について

(一) 被告中村の主張

被告中村は、本件押収物を捜査機関に任意提出するまでは、これらの所有権を有していたが、「そちらで処分して下さい。」(本件フロッピーディスク)とか、「要りません。」(本件文書)との提出者処分意見を付けて任意提出したことによって、第一次的には国に対して本件押収物を譲渡し、第二次的には本件押収物の所有権を放棄したものであり、いずれにしても、それ以後現在に至るまで、被告中村には本件押収物の所有権はなく、かつ、被告中村は本件押収物の所有権を主張したこともない。

したがって、原告会社が被告中村に対し、本件押収物の所有権の確認を求める利益はなく、本件所有権確認の訴えは不適法であり、却下されるべきである。

(二) 被告国の主張

(1) 刑事訴訟手続における押収物の還付先は、原則として被押収者であって、民事上の所有関係とは別異に解されるから(最高裁判所第三小法廷平成二年四月二〇日決定・刑集四四巻三号二八三頁参照)、刑事訴訟手続において押収物を誰に返還すべきかの問題と民事上の所有権の帰属の問題とは本来別個のものというべきである。したがって、原告会社が本件押収物の返還を求める前提として、あるいは、所有権に基づく返還請求権を保全するため、被告国に対して所有権確認の訴えを提起する利益はない。

また、仮に、原告会社が民事訴訟手続において所有権確認判決を得たとしても、右民事判決の既判力が刑事裁判所の行う押収物還付に関する裁判に及ぶことはなく、右民事判決によって刑事裁判所の判断を拘束することはできないから、原告会社が被告国に対して予め所有権確認の訴えを提起する利益はない。

更に、一般に、関係人が刑事裁判所に押収物の返還を求めるには、刑訴法に抗告(四二〇条二項)ないし準抗告(四二九条一項)が規定されている趣旨からして、まず押収物の還付ないし仮還付請求をし、これに対する決定に不服があれば、抗告ないし準抗告の手続をとるべきであって、別に民事訴訟手続による救済は求め得ないと解すべきである。そもそも、捜査機関が証拠物の任意提出を受けてその領置手続を行う際(刑訴法二二一条)、その物の所有権の帰属を民事訴訟手続におけるのと同様に認定することは、押収手続の迅速の要請から不可能であるところ、いちいち所有権者から本件のような民事訴訟が提起されて国が敗訴したのでは、押収手続が必要以上に慎重にならざるを得ず、迅速な事務処理に支障をきたす。そして、国に対して本件のような所有権確認訴訟が提起された場合、調査能力に限界のある国が、押収物の還付に関連して私人間の紛争に巻き込まれる事態に陥ってしまうが、刑訴法はかかる事態を想定していないというべきである。

(2) 原告会社は、次のような方法をとることができるから、この点からもあえて国を相手方とする民事訴訟手続において所有権の確認を求める利益はない。

<1> 刑事裁判確定前

本件被告事件は、現在最高裁判所に係属中で未だ確定していないから、原告会社は刑訴法一二三条二項により、最高裁判所に対して本件押収物の仮還付請求をし、これが認められないときには、刑訴法四二〇条二項により抗告することができる。

<2> 刑事裁判確定後

押収物還付に関する裁判(押収を解く言渡しがあったとされる場合〔刑訴法三四六条〕も同様)の執行は、実務上、執行の対象となる裁判をした裁判所又は裁判官の指揮を受けて裁判所職員が行う扱いになっている(刑訴法四七二条一項ただし書)。本件被告事件において、原審である函館地方裁判所の判決が確定すれば、その判決が執行の対象となり、同裁判所が右執行を指揮することになる。なお、同裁判所においては、押収物の還付事務を担当する押収物主任官には、刑事訟廷管理官が指定されている。

ところで、押収物の還付先は原則として被押収者であるが、裁判所は真の所有者と認められる者に還付することもできるから(前掲最高裁判所平成二年四月二〇日決定の趣旨)、原告会社がその所有権を証明する資料(被告中村に対する所有権確認訴訟の勝訴判決等)を、予め本件被告事件が係属中の最高裁判所か、還付裁判所である函館地方裁判所に提出し、あるいは、本件被告事件の確定後、函館地方裁判所に右資料を添付して還付申出書を提出すれば、本件押収物の還付を受けることが可能となる。

その場合、刑事訟廷管理官としては、右資料から本件押収物に関する原告会社の所有関係が明確となれば、特段の事情のない限り、原告会社に還付する取扱いをすることになっており、原告会社の利益保護に欠けることはない。

なお、刑事訟廷管理官の押収物還付に関する処分等については、不服申立の方法がないが、民事判決の既判力が刑事裁判所の押収物に関する裁判に及ばないこと、刑訴法は押収物の処分等の刑事手続完了前において国が押収物の還付に関し私人間の紛争に巻き込まれる事態を予想していないことからして、刑事判決確定後、刑事訟廷管理官が原告会社に還付せず国庫帰属の手続をとらない前の段階では、原告会社が国に対し所有権確認の訴えを提起する利益はないというべきである。

(三) 原告会社の主張

(1) 被告中村に対して

被告中村は、原告会社所有の本件押収物を無断で持ち出し、本件押収物に関する原告会社の所有権を直接侵害した者であるから、原告会社の所有権に基づく本件押収物の返還請求権の行使自体を拒否できない立場にあるところ、右持出しの際における自己の所有権帰属を主張し、現在の原告会社の所有権を否定して争っているから、原告会社は、被告中村に対し、将来の所有権に基づく返還請求権を保全するため、本件押収物の所有権確認を求める必要がある。

なお、被告中村が本件押収物を任意提出した際、「そちらで処分して下さい。」とか、「要りません。」との提出者処分意見を付したからといって、これにより直ちに本件押収物の所有権が国に移転する効果が生ずるわけではなく、被告中村が右処分意見を翻し、国に対して本件押収物の所有権を主張し、還付請求する可能性はある。また、刑事訴訟手続における押収物の還付は、被押収者が還付請求権を放棄するなどの例外的な場合以外は、原則として被押収者になされるものであるところ(前掲最高裁判所平成二年四月二〇日決定参照)、右被押収者の還付不要意見は、将来の還付時まで撤回又は変更が可能であるから、本件においても、被告中村が所有権放棄の意思表示を撤回するなどすれば、本件押収物が原則どおり被押収者たる被告中村に還付される可能性がある。

以上から、原告会社が被告中村に対して本件押収物の所有権の確認を求める利益はある。

(2) 被告国に対して

本件押収物は、捜査機関によって被告中村の所有物として押収され、その後裁判所に押収されたものであり、現在国の占有下にあるものであるところ、被告中村の所有物として押収されたという捜査機関による右押収の経緯、本件押収物に関する原告会社の所有権を被告らが本件訴訟において当初から否定して争っていること、また、本件押収物について留置の必要がなくなった際、これらに対する被告中村の所有権放棄の意思表示が撤回されない場合、無主物として国庫帰属される可能性があることなどからすれば、原告会社は、被告中村との関係においてのみならず、被告国との関係においても、本件押収物の実体的権利者であることの証明が必要である。

なお、押収物を誰に返還すべきかの問題と民事上の所有権の帰属の問題とが別個であることは、被告国の主張するとおりであるが、だからこそ、本件のように刑事訴訟手続によって本件押収物が原告会社に還付される保障のない曖昧な事案においては、原告会社が民事訴訟手続において所有権確認を求める利益があるというべきである。

また、被告国が、「民事判決の既判力が刑事裁判所の押収物還付に関する裁判に及ばない。」とか、「刑事裁判所に押収物の返還を求めるには、刑事訴訟手続によるべきであって、別に民事訴訟手続による救済は求め得ない。」と主張するのは、刑事訴訟手続での判断が刑訴法上の手続に適している限り、還付に関し、国の還付行為を免責させることを示しているに過ぎず、権利者の実体的権利主張、すなわち民事訴訟による権利行使までを排斥する理由にはならないというべきである。

被告国は、本件押収物の還付について原告会社が取り得る方法について説明するが、それらはいずれも本件押収物に関する原告会社の所有権の証明ないし疎明を前提としたものである。ところが、被告国は、本件において本件押収物に関する原告会社の所有権を否定して争っており、更に本件押収物を被告中村の所有物として押収した経緯に徴すれば、原告会社は、刑事訴訟手続における還付請求に際して、被告中村との関係はもとより、刑事裁判所との関係でもその実体的権利者であることの証明が必要であるから、被告国に対する本件所有権確認訴訟を提起する利益を否定する理由はない。

2  争点2(本件押収物の所有権の帰属)について

(一) 本件フロッピーディスクについて

(1) 原告らの主張

原告会社は、本件フロッピーディスクをいずれもスエヒロ事務機株式会社(以下「スエヒロ事務機」という。)から次の各日に購入して取得した。

<1> 別紙物件目録一の番号一 平成三年一〇月二四日

<2> 同番号二        同年一一月一日

<3> 同番号三        右同日

<4> 同番号四        右同日

<5> 同番号五        平成四年二月一八日

<6> 同番号六        右同日

したがって、本件フロッピーディスクは、いずれも原告会社の所有に属する。

(2) 被告中村の主張

原告ら主張の各時期に原告会社名義でスエヒロ事務機に対し本件フロッピーディスクの発注がなされ、そのころ、原告会社の事務所にこれらが納入された事実はあるが、次の理由により、本件フロッピーディスクの所有権は被告中村に帰属していたものである。

<1> 原告会社の事務所では、原告会社の事務のみならず、函館食材及び市議会議員成田秀紀の事務も併せ行っていたところ、これらの経理処理は判然と区別されることなく、場当たり的に適宜その都度各名義が使用されていたものであり、法的主体は明確には確定されていなかった。本件フロッピーディスクの購入名義が原告会社になっているのも便宜的なものに過ぎず、原告会社が右購入の主体であることにはならない。したがって、原告会社が本件フロッピーディスクを購入して所有権を取得したものとはいえない。

<2> 仮に、原告会社が本件フロッピーディスクを購入したとしても、被告中村は、平成三年秋ころから平成四年三月ころまでの間、原告成田、原告会社、函館食材等のために、約一〇万円に及ぶ立替払いをしていたところ、原告成田は、その事実を知りながら一向にその清算を行わず、そのような状況が続く中、遅くとも平成四年三月ころには、被告中村と原告成田及び原告会社との間で、原告会社の事務所の運営に格別の支障を来さない範囲内で、被告中村に同事務所内にある備品を使用ないし処分する権限を与える旨の黙示の合意が成立していた。

(二) 本件文書について

(1) 被告中村の主張

本件文書は、被告中村が原告会社に在職中、原告成田から一件記録書類を複写して事務処理の流れを勉強しておくように言われ、原告会社の控え原本から複写して作成し、自宅に持ち帰ったものであり、事務所外で勤務時間外に勉強する際に使用することを企図して作成されたものであるから、本件文書は、原告会社から被告中村に譲渡され、同被告の所有に属する物というべきである。

(2) 原告らの主張

被告中村が原告会社の事務所内において、原告会社所有の複写機と用紙を用いて本件文書を作成した以上、本件文書は原告会社の所有物である。

仮に、本件文書の作成につき、被告中村が主張するような指示が原告成田からあったとしても、本件文書は、原告会社の業務遂行にのみ利用されるべきものであって、被告中村に個人的に譲渡されたものと解される余地はなく、また、自宅への持ち帰りが許容されていたとしても、そのことによってその所有権が被告中村に移転したことにはならない。

3  争点3(慰謝料請求の可否及び額)について

(一) 原告成田の主張

被告中村が本件フロッーピーディスクを原告らに無断で持ち出した行為により、原告会社や有限会社函館食材の経営に関する情報及び原告成田の後援会名簿等が、原告らの管理できないところで外部に知られるおそれのある状態となったため、原告会社及び函館食材の信用が失墜させられ、原告成田がその支援する後援会会員から非難されるなどの苦痛と屈辱を受けた。

また、本件文書には原告会社の顧客である舟山の財務、経営及び業績等の情報が含まれていたため、被告中村による本件文書の持出し行為によって、原告らの舟山からの信用が失われ、更に、原告らが本件文書を管理不能の状況にしたことが判明したことによって、原告らの原告会社の他の顧客からの信用が失墜させられた。

このように、原告成田は、被告中村が本件押収物を違法不当に持ち出し、欲しいままにしたことが原因で、耐え難い精神的苦痛を受けたものであり、その精神的苦痛に対する慰謝料として、とりあえず一〇〇万円を請求する。

(二) 被告中村の主張

本件押収物の存在又は内容が外部に知られるに至る過程において、被告中村がなした行為は、原告会社の事務所からの持出しと捜査機関への任意提出のみであり、その後の原告らの信用失墜等という結果に至るまでの段階には全く関与していないから、そもそも被告中村の行為と原告らの主張する結果との間には因果関係がない。また、右結果への予見可能性がないから故意・過失もない。

原告会社の事務所からの持出しは、原告会社の承諾、了解の範囲内であり、適法な行為であって、違法性もない。

原告らに使用失墜等の損害が発生したとしても、それは原告成田自身への犯罪の嫌疑、それに基づく一連の刑事手続の経緯、これについての報道等によるものであって、被告中村の行為によるものではない。

第三争点に対する当裁判所の判断

一  争点1(本件訴えの利益)について

1  原告会社は、本件被告事件の係属中に刑事裁判所が本件押収物の押収を必要としなくなったときや、本件被告事件が確定したときに、刑事裁判所(被告国)が、被告中村の求めに応じて本件押収物を被告中村に還付したり、あるいは、被告中村の所有権放棄に基づき、本件押収物を無主物として被告国の所有とする可能性があり、原告会社に還付される保障がないから、原告会社の所有権に基づく本件押収物の将来の返還請求権を保全するため、被告中村に対してのみならず、被告国に対しても、本件押収物の所有権確認の訴えを提起する利益がある旨主張する。

しかしながら、刑事訴訟手続において押収物を誰に返還すべきかの問題と、所有権の帰属という実体上の権利関係の問題とは、本来別個のものであり、また、民事訴訟手続における実体上の権利関係の判断の拘束力が刑事裁判所の行う押収物還付に関する裁判に及ぶことはないことなどからも、刑事訴訟手続においてなされた押収物の返還を求めるには、刑訴法の手続に則って刑事裁判所に対して行うべきであり(則ち、通常、まず刑事裁判所に対して押収物の還付ないし仮還付の請求を行い、これに対する決定に不服があれば、刑訴法四二〇条の規定により不服申立てをすることになる〔なお、起訴前や第一回公判期日前に裁判官によってこれらの処分がなされた場合には、刑訴法四二九条一項の規定により不服申立てをすることとなる。〕が、後述の押収物主任官のした処分については、不服申立ての方法はないこととなる。)、民事訴訟手続において押収物の返還や、押収物の処分に関する直接の救済を求めることは、できないものというべきである。

2  原告会社は、本件被告事件の判決確定後に原告会社が刑訴法の規定に基づく本件押収物の還付の手続を行うにあたって、原告会社が本件押収物について所有権を有することの証明ないし疎明を刑事裁判所から求められることになるから、本件所有権確認の訴えの利益(必要性)がある旨主張する。

そこで、この点について検討すると、実務上、押収物の還付に関する裁判(刑訴法三四六条によって押収を解く言渡しがあったものとされる場合も同様)の執行を行う裁判所職員(本件被告事件においては、上告棄却によって原審である函館地方裁判所の判決が確定すれば、その判決が執行の対象となるが、同裁判所においては、押収物の還付事務を担当する押収物主任官には、平成七年四月二八日付け最高裁事務総長依命通達・記第一の一の(一)によって、刑事訟廷管理官が指定されている。)は、被押収者が還付請求権を放棄するなどして原状を回復する必要がない場合又は被押収者に還付することができない場合のほかは、被押収者に押収物を還付すべきであるから(前掲最高裁判所平成二年四月二〇日決定参照)、領置調書の提出者処分意見があっても、その時点で再度被押収者(被告中村)に対し、押収物の還付を受ける意思があるかどうかの確認手続を行い、その意思がある場合には、押収物の所有権を主張している者(原告会社)と被押収者との間における押収物に関する実体的な権利関係についての訴訟係属の有無、その訴訟進行の程度及び結果等にかかわらず、被押収者(被告中村)に還付すべきである。他方、被押収者から押収物の所有権放棄の意思が示された場合には、実体的な権利を主張する者からの還付請求があるときは、この者に還付すべきか否かを判断することになるが、実体的な権利関係に関する訴訟が係属中のときは、処分を留保して同訴訟の判断を待ち、その結果、実体的な権利(所有権)を主張する者(原告会社)が被押収者(被告中村)に対して勝訴したときは、右実体的な権利関係を有する者に還付し、敗訴したときは、国庫帰属等の処置をとることになるというべきである。

そうだとすると、原告会社において本件押収物の実体的な権利関係(所有権)の確定をする必要がある場合であっても、それは被押収者である被告中村との関係で行えば足りるのであって、被告国に対する本件押収物の所有権確認の訴えは、この点からも必要とはいえず、その訴えの利益は認められないものである(なお、被告中村との間の所有権確認訴訟において原告会社が勝訴している場合、被告中村が還付請求権を放棄しなかったときでも、被押収者還付の例外として、原告会社に還付することができるとの見解も考えられなくはないが、これによっても、被告国に対する本件所有権確認の訴えの利益が肯定されるものではない。)。

3  これに対し、原告会社の被告中村に対する本件所有権確認の訴えは、同被告が所有権放棄前の本件押収物に関する自己の所有権を主張し、その時点における原告会社の所有権を否定して争っている者であるうえ、右2で述べたところからも、たとえ同被告が現時点で本件押収物に対する所有権を主張していないとしても、その訴えの利益(必要性)が肯定されるというべきである。

4  したがって、原告会社の本件押収物の所有権確認の訴えは、被告中村との関係では適法であるが、被告国との関係では、訴えの利益を欠く不適法なものとして、却下を免れないというべきである。

二  争点2(本件押収物の所有権の帰属)について

1  本件フロッピーディスクについて

(一) <証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、原告ら主張の各時期に原告会社名義でスエヒロ事務機に対して本件フロッピーディスクの発注がなされ、そのころ、原告会社の事務所にこれらが納入されたことが認められるから、特段の事由がない限り、原告会社が本件フロッピーディスクをスエヒロ事務機から購入して取得したものと認めることができる。

(二) 被告中村は、原告会社の事務所では、原告会社の事務のみならず、函館食材及び市議会議員成田秀紀の事務も併せ行っていたが、これらの経理処理は判然と区別されることなく、場当たり的に適宜その都度各名義が使用されていたものであり、法的主体は明確には確定されていなかったから、本件フロッピーディスクの購入名義が原告会社になっているのも便宜的なものに過ぎず、原告会社名で注文がなされたとしても、原告会社が本件フロッピーディスクを購入して所有権を取得したものとはいえない旨主張し、<証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、原告会社の事務所では、原告会社の事務のみならず、函館食材の事務の一部や市議会議員成田秀紀の事務(成紀会の事務)も併せて行っていたこと、本件フロッピーディスクには、原告会社以外の函館食材や成紀会の文書が登録されていることが認められる。

しかしながら、本件各証拠によるも、これら各社の経理が判然と区別されていなかったことや、場当たり的にその都度各名義が使用され、法的主体が明確に確定されていないことを認めるに足りる証拠はなく、却って、<証拠略>によれば、原告会社や成紀会ごとの金銭出納簿が存在し、それぞれの出納関係が区別して記載されていることが認められるから、被告中村の右主張は採用できず、他に、右特段の事由を認めるに足る主張立証はない。

(三) 次に、被告中村は、平成三年秋ころから平成四年三月ころまでの間、原告成田、原告会社、函館食材等のために、約一〇万円に及ぶ立替払いをしていたところ、遅くとも平成四年三月ころには、被告中村と原告成田及び原告会社との間で、原告会社の事務所の運営に格別の支障を来さない範囲内で、被告中村に同事務所内にある備品を使用ないし処分する権限を与える旨の合意が成立していた旨主張する。

しかしながら、右合意の存在を認めるに足る証拠はない。

かえって、被告中村は、その本人尋問において、「最後の経理の引継ぎのときに、帳簿に不明な点があるということで説明を求められて、いろいろやってたんですけれども、それが終わった段階で、立替払いのほうもはっきりさせるという話なんですけれども、うやむやにされたような状態になりました。」とか、「立替払も未納になっていて、もう恐らく返してもらえないと思ってました。そういうものがあったので、自分で使えるものは持ってこようと、割に合わないような気分になっていたので、持ってこようと思いました。」と述べ、また、「つまりあなたの判断の中でそういうことを決めて、あなたが持ち出したと、こういうことですね。」との質問に対して「はい。」と答えるなど、右合意の存在とは相容れない供述をしている。

したがって、被告中村と原告成田及び原告会社との間で、被告中村に同事務所内の備品を使用ないし処分することを許す旨の黙示の合意が成立した事実を認めることもできない。

(四) したがって、本件フロッピーディスクは原告会社の所有に属するものと認められる。

2  本件文書について

(一) 弁論の全趣旨によれば、本件文書は、被告中村が原告会社の事務所内において、同事務所にあった書類を同事務所にあった複写機と用紙を用いて複写して作成したものであることが認められるから、特段の事由がない限り、原告会社の所有であることが認められる。

(二) 被告中村は、同被告が原告会社に在職中、原告成田から原告会社の業務のために勉強しておくように言われ、原告成田の指示により、原告会社の書類を複写し、本件文書を自宅に持ち帰ったものであって、本件文書はその段階で被告中村に譲渡されたものであるから、被告中村の所有に帰する物である旨主張する。

そして、被告中村の本人尋問の結果中には、「平成三年九月ころ、成田から、今後こういう仕事の依頼があるとまた同じことを事務所でしなければならないので、一件記録書類を複写して事務処理の流れを勉強しておくように指示された。そこで、本件文書のもとになった舟山関係のファイルを含めた三つのファイルの書類を成田事務所内で複写した。こうして作成した書類は、一枚ずつ綴じたりはせず、適宜束ねた状態のものを二つ折りにして封筒に入れ、自宅で勉強するために持ち帰った。いずれ、これらを袋綴じなり畳折りなりして保管し、勉強しようとは思っていたが、忙しくなったことと勉強する気分になれなかったことから、そのまま納戸に置きっ放しになっていた。」旨の右主張に沿う供述部分がある。

(三) しかしながら、経理関係の事務を担当している一事務員に過ぎず、しかも、早晩結婚退職が予定されている(原告代表者兼本人〔第一回〕)被告中村に対し、今後いつあるかも分からないような手続について、ファイル三個分の多量の複写文書を作成してまで勉強しておくように指示したということは、当時の必ずしも順調でない原告会社の資金状況や被告中村の立場に照らして極めて不自然である上、原告会社の行った事前相談等の手続の流れを勉強するという目的のために、内容的にも難解と思われる多量の資料をファイルごと一括して(しかも、原告会社ないし原告成田の行う事前相談以外の事前審査に関する書類までを)複写する必要があったとは認め難いところである。さらに、被告中村は、自宅に本件文書を持ち帰ってから、原告会社を退社するまでの約半年間、袋から取り出すこともせずに本件文書を放置し、これを利用して勉強しようとしたことすらないというのであるが、その主張するような目的でわざわざ複写した者の行動としてはいささか不自然であるうえ、また、被告中村は、原告会社を退職することが事実上決まってから三か月以上もの間、本件文書の返還も処分もしていない。これらの事実に、本件フロッピィーディスクの持出しの動機及び態様に関する被告中村の供述の不自然さ、すなわち、フロッピーディスク中の文書を一括して他のフロッピーディスクに複写ないし移動することも可能であり、また、右三浦に原告会社の情報を把握させる目的であれば、文書リストを印刷させるなど他にとり得べき手段がいくらでも考えられるにもかかわらず、二五〇件以上の文書(<証拠略>のリスト)を一つ一つ移動操作によって移動させるという膨大な手間と時間のかかる作業を指示したとか、立替金の回収に充てようとするのであれば、新品のフロッピーディスクを貰っていくことが何よりも直截であるのに、わざわざ情報の入ったフロッピーディスクを持ち出していること、三浦自身が右移動操作の事実を否定していること<証拠略>などをも考え併せると、本件文書の作成及び持ち出しに関する被告中村の前記供述は、にわかに信用することができず、他に、右特段の事由を認めるに足る主張立証はない。

(四) したがって、本件文書についても、原告会社の所有に属するものと認められる。

三  争点3(慰謝料請求の可否及び額)について

1  被告中村が本件押収物を原告会社の事務所から故意に持ち出したこと、その持出し行為について正当な事由がないことは前示のとおりであるから、被告中村が右持出し行為をした動機について必ずしも判然としないところがあるとしても、その行為が本件押収物の所有者である原告会社に対する関係で不法行為を構成することは明らかである。

そして、本件フロッピーディスクには、原告会社及び函館食材の経営等に関する情報のほか、原告成田の市議会議員としての情報や後援会名簿等が登録されていること、原告会社及び函館食材は原告成田の個人会社であること、そして、これらの事情は同会社に勤務し、自ら本件フロッピーディスクの文書内容を作成した被告中村は当然知っていたものであることなどに鑑みれば、本件押収物の持出し行為によって原告成田が精神的な損害を被った場合には、被告中村は右損害についても賠償すべき責任があるものと認められる。

2  ところで、原告成田は、被告中村が本件押収物を原告らに無断で持ち出した行為により、原告会社や函館食材の経営に関する情報及び原告成田の後援会名簿等が、原告らの管理できないところで外部に知られるおそれのある状態となったため、原告会社及び函館食材の信用が失墜させられ、原告成田がその支援する後援会会員から非難されるなどの苦痛と屈辱を受け、また、原告会社の顧客である舟山や他の顧客からの信用が失墜させられた旨主張する。

そして、被告中村の本件押収物の持出しの意図がにわかにつかみづらいことや、同被告が原告会社に勤務する以前に、他の市議会議員や国会議員の事務所に勤務していた事実が認められる(原告代表者兼本人〔第三回〕)ことからすると、本件押収物の悪用についての原告成田の危惧については理解し得ないこともない。

しかしながら、原告成田の主張する情報管理面での顧客や後援会関係者からの信用失墜という精神的な苦痛というものは、仮にそれがあるとしても、被告中村による本件押収物の持出し行為による結果というより、むしろ原告成田が本件被告事件の被告人となったり、それについて報道等がなされたことや、採用していた事務員に裏切られたという原告成田の人事管理面での非難等に起因する結果といえること、原告成田は、本件フロッピーディスクが本件被告事件の第一七回公判期日に提出されるまでの約一年以上もの間、右情報の検索や利用を全くしていないのであって、その情報の価値もそれほど高いものとは認め難く、かつ、本件押収物それ自体は未だ原告会社に還付されていないが、本件押収物はその複写により利用上の支障は全く生じていないこと、本件押収物、とりわけ本件フロッピーディスクの持出しが明らかとなったのは、被告中村の同行為後一年以上を経過しており、その時点での悪用等の客観的な可能性が高いとは認められず、現実に現在に至るまでも、その情報の流出等の被害は起きていないことなどからすると、本件押収物の財産権の回復以外に被告中村が原告成田に賠償すべき精神的損害が発生したものとは認め難いというべきである。

第四よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田寛之 齊木利夫 上杉英司)

別紙物件目録一、二<略>

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